三日坊主の日記帳

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気まぐれ

いやいや~御無沙汰しました。
生きてます。
過去の記事を非公開にしたまま、このブログ何年放置したでしょう。
お気に入りにリンクした皆様のところへ訪問してみますと、
まだちゃんと書くことをつづけていらっしゃる方も、
長らくお休みされているご様子の方も、いろいろでした。
わたしの開店閉業中のブログをリンクしてくださったままになっている方には大変申し訳ない気持ちになりました。

SNSが普及した昨今、lineやFacebook
、instagramにうつつを抜かしておりました。
相変わらずの三日坊主になるかもしれませんけれど、たまにはこちらにも登場してみようかなぁと思ったり思わなかったり。

ブログの広い宇宙の片隅で、きっとだれも見てないと思って、気まぐれにひとりごちています。
迷い込み、図らずもお目にかかってしまった旅人のあなた。
どうも、どうも。
こんにちは。
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# by tomoyon.n | 2016-03-25 20:51 | つれづれ日記

ご無沙汰しています

前回の投稿より、かれこれ1年ほど経ってしまいました。

この間、ワタシの日常生活はあまり変わ映えしませんが、

精神的には随分いろいろ揺れ動く日々でございました。

内向すれば抜け出せなくなりそうで、

なるべく考えないようにしています。

尤も、

考えてもしょーがないことだったりするんですけどね。


exciteブログを見直すと、最初の投稿は2005年となっています。

ずいぶん長いことお世話になっていたのですねぇ。

このへんでひとまずけじめをつけて、

このブログを閉鎖しようかと思います。


だからといって、書くことを止めるわけじゃなく、

ひょっとしたら別のところで、

偶然またお目にかかることもあるかもしれません。

その節はまたよろしくお願いしますね。


読者登録してくださった皆様、

時々覗いてくださっていたあなた様、

本当にどうもありがとうございました。
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# by tomoyon.n | 2012-04-13 14:26 | つれづれ日記

父の日に想う。

気が付けば、明日は父の日なんですね。

そうだ、明日、白いカーネーションを買おう。

いつもニッコリ微笑んでいる、

父の写真の側に飾ろう。



父が亡くなってから間もなく、

東日本大震災があって、

ブログに書くきっかけを逃したまま、

時だけが過ぎてしまった。



100日法要と納骨も無事済ませ、

ようやく、少し冷静に、遺された母のことや、

そして、自分自身のことも、

振り返ることができるようになったと思う。



父が亡くなっただなんて、

まだ私にも信じられないことなのだから、

高齢の母がすぐにその現実を受け止められないのは当たり前なのだ。

混乱している母を受け止めることが、私にはなかなかできなかった。

私は優しくなかった。

父のような包容力が、私には足らない。

いまさらながら、父は優しかったなぁと思う。



父と話がしたい。

父のことが大好きだったのは、母だけじゃない。
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# by tomoyon.n | 2011-06-18 22:06 | ファミリー

春なのに

父が病床に伏して2週間。

一時は回復に向かい、

車イスで移動してみたり、

主治医もリハビリを始めようと言ってくれたが、

一晩で、症状は一転した。

肺炎を起こしかけ、熱もある。

覚悟しておいてほしい、と告げられた。



うつろな眼で天井を見つめる。

ベッドを起こしてくれという。

父が嬉しそうに笑う。

私はその笑顔が大好き。

冷たくなった足をさすってやると、

はっきりした声で、

「ありがとう。ありがとう。」

と2度言った。



父が哀しむ。

思い通りにならない体と心。

もはや帰りたいとはもう言わない。

母に、帰らないでほしいという。

長い夜が寂しいのだろう。

話し相手が欲しいのだろう。



神様どうか、

父をあの痛みから救ってください。

父を孤独の闇の中に置かないでください。



ああ、大好きなパパ。

もう心配しなくていいよ。

これからは、ママは私が守りますから。
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# by tomoyon.n | 2011-02-05 22:00 | ファミリー

ご無沙汰しております

記事を更新しない日々が続いているにも関わらず、

毎日数人の方が、アクセスしてくださっているようです。

更新がなく、がっかりさせてしまって、ごめんなさい。

そして、この小さなブログのことを、覚えていてくださって、ありがとうございます。



先週末、82歳の父が入院いたしました。

高齢のため、大変心配しましたが、一昨日より昨日、そして今日と、症状は徐々にですが、

快方に向かっていると思います。



家でひとり留守を守り、父の帰りを待つ母のことも気になります。

ベッドにひたすら横たわり、安静を強いられている父ですが、

意識ははっきりしているので、会話はできます。

今日も、母と見舞いに行きましたが、

ワタシの顔を見ても、大して反応しない父が、母の顔を見ると、

聞き取れないくらいちいさいな声で、堰をきったようにしゃべり出します。


夫婦の会話を傍らで聞いておりましたが、

老いても助け合い、立派に自立して、暮らしてきたふたりの絆と強い愛情に、

実の娘といえども、立ち入る隙はないと感じました。

とにかく、

「家に帰りたい。ばあちゃんのいるお家に帰りたい。」

と訴える父。

そのくせ、時計を見て、

「もう11時じゃないか。早よう帰らなきゃだめだ。こんなに遅くまで出歩いちゃダメだ。」

といいます。

まだ、「昼間の11時」なのですが、絶食と、昼夜寝たっきりなので、区別が付かないのです。

自身の病気のことより、母の安全を心配するのです。



子どもの頃、ワタシは、父のことが、大好きでした。

いまもなお、胸を張って、ファザコンだと言い切れます。

この正月も、ワタシに向かって、

「ワシは、このバアちゃんが、だーい好き。」

と恥ずかしげもなく言い、嫉妬すら覚えたのでした。

早く傷が癒え、あの家に帰ってきて欲しいと、切に願っています。


ところで。

今回、父の病気に、とてもショックを受けたワタシですが、

中でも、最もショックだった事実があります。

これまで、ずーっと、父は、「A型」だと思っていたんです。

今回、輸血が必要となり、

父の傍らにぶら下がっていた血液型の札には、「B型」と書かれていました。

神経質で、几帳面で、真面目で、優しくて・・。

「A型の典型」と思い込んでいたのですが、まさか「B型」だったとは・・。

ちなみに、ワタクシは、「O型」です。


夫は、その事実に、

「とても納得した。」といいました。

自分を可愛がってくれる目上の人には、「B型」の人が多いというのです。

結婚前、父に初めて会った時から、

父の人柄に惹かれ、初めて会ったとは思えないくらい親近感を覚え、

なんの違和感もなかった、というのです。



だいたい、人間を「A」「B」「O」「AB」のたった4パターンに分けてしまう

血液型判断そのものに、無理があるとは思うんですけれどね。

さっきは、ショックと言いましたけど、

決して、偏見などではありません。

思い込みと違った・・という事実に、ショックだっただけですよ。

誤解なきよう。

ワタシにも「B型」の友人が、たくさんいますし、大好きなんです。



そっか。

父はB型だったのか。

なーるほど。。。。

ワタシにも、あれこれ納得ポイントがあります。


勝手に、新生「父親像」を描くワタシ。

戸惑いやら、嬉しいやら・・。


そんなわけで、

もうしばらく、バタバタとした生活が続きます。

ご心配をおかけして申し訳ありません。
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# by tomoyon.n | 2011-01-24 16:18 | ファミリー

八十の手習い

ワタシの母は、今年79歳、傘寿を迎えました。

数年前から、「物忘れ」もひどくなり、
家族としては、なにかと心配は募ります。

それでも、
掃除洗濯の一切を担っている83歳の父と
買い物と食事を担当する母とふたり、
ときどきケンカをしつつも、睦ましく、
自立した生活を続けています。

たまに様子を見に行くと、
この前ワタシが言ったことはすっかり忘れており、
自分は相変わらず、同じ話を繰り返します。

そんな時、唐突に
「そういえば、この前のミシン教室で作った服、アンタ着ない??」
といいました。

ワタシ「???ミシン教室って・・なに??」

ハハ「あたし、ミシン教室行ってんの。週一回。言わなかったっけ?」

ワタシ「知らないよー。いつから?」

ハハ「今年の春?6月に足を怪我して2ヶ月休んだでしょう・・で、9月からまた行ってんの。」


ビックリ、です。

母は昔から、お裁縫は得意でした。
体が小さいので、既製品もよく、袖や襟ぐりをチャチャと直して着ています。
ミシンも持ってはいましたが、
お教室に通うにあたり、
洋裁を仕事にしているような人が使う「ロックミシン」を購入したというのです。

まさか、悪徳商法にでも騙されたんじゃないかと心配しましたが、
どうもそういったものではなさそうです。

「ロックミシン」は、裁縫をやるワタシにとっても、憧れのミシンです。
でもまさか、母が買ってまでやりたいと思っていたなんて、知りませんでした。

ロックミシンは、上糸だけでも四本もセットしなければならず、

母は笑いながら
「何度教えてもらってもね~覚えらんないの~。へへへ。」

「だからね、お教室のミシンを使って、先生に教えてもらいながら作るんだよぉ。
おうちのミシンは1回も使ったことないのぉ。
ワタシが死んだら、あんたにあげるからね~。えっへっへ。」

(えっへっへ・・じゃないし・・。)

「・・んで、どんなもん作ってるの?」

正直、80になろうとしている人が、
ちゃんと外に着て行けるものを作れるなんて・・思ってはいませんでした。


「・・ちょっと待ってよぉ。どこにしまったかなぁ・・。」

「・・・」

「いっぱいあるんだけど、自分じゃぜんぜん着ないから・・。」

「・・・」


狭い家のあちこちの引き出しをあけて、大騒ぎです。
毎日、毎日、
「あれはどこだったっけ?」
を繰り返す日々。


「・・・。あった!あった!!」

端切れとともに、出てくる、出てくる・・。
ゆうに10着以上はあったでしょうか。

自分じゃ着ないそうです。
かぶりものは嫌だとか、
年寄りなのに赤いのなんて・・とか言って。

初級者だから、自分であれこれ好きなように作れるわけじゃなく、
先生が裁ってくれた布と、決まったパターンで、作るだけ。
作品は一日でだいたい完成するそうです。

それでも、大きめに裁ってもらったという何着か、
ワタシにも着られそうなものがあったので、試着してみました。

「あら、アンタにいいじゃない?持って行きなさい。」
と嬉しそう。

縫い目もきちんと真っ直ぐで、既製品と見紛うほどです。

人間、いくつになっても遅すぎるということはないですね。

<母の作品>
赤いカットソーと、ボレロ
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緑のボトルネックと、グレーのアウター
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まだボタンをつけてないジャケット
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# by tomoyon.n | 2010-11-19 18:35 | ファミリー

スタジアムにコブクロ

味の素スタジアムで行われた【コブクロスタジアムライブ2010】に行ってきました。
コブクロのライブは、5年ぶりかしら??

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地元かつしかのホールに、コンサートで二人が来たのは、2004年の冬でした。
ストリートを経て、メジャーデビューしてはいたものの、周辺知人の認知度はまだ低く、

「コブクロ見て来たよ♪」

「え?誰??コブクロ?イブクロ??」

反応は、そんなもんでした。

ワタシもホームページの縁で知り合った方を通じて、彼らの魅力を知ることになったばかりの頃です。
たまたま、ホールの会員だったこともあり、先行予約で前から4列目のど真ん中という、
ミラクルなシートで鑑賞することができました。
彼らも観客も、若さが漲り、ノリノリだけどアットホームで温かい、素敵なステージでした。

その頃から徐々に、CMやドラマのテーマ曲に使われるようになり、そして一気に大ブレイク。
翌年のNHKホール公演では、辛うじて三階席を取れたものの、
2006年の日本武道館のチケットは、もう取れなくなってしまいました。
そして、2007年はついに『蕾』で日本レコード大賞受賞。
とうとう紅白出場も果たし、日本人ならもう誰も「イブクロ」とは間違えない、
名実ともにビッグなアーティストに成長したのは、言うまでもありません。

ワタシはというと、【アラシゴト】などあれこれ本命(?)や浮気心(?)に現を抜かし、
多忙な日々を過ごしておりましたので、コブクロからはちょっと距離を置いてましたね。
ところが今年5月、
たまたま見たチケット販売サイトで【コブクロスタジアムライブ】を知り、
ダメ元で【ポチッと】としたら、取れちゃったのです。。。

スタンド席でした。4万5000のスタジアム。
かつしかのホール(キャパ1300人)とは比べようがありませんが、
手が届きそうな距離にいた彼らが(とはいってもすでに手には届かない存在でしたが)、
今やもう国民的ビッグアーティストに成長している現実にシミジミしたのでした。

それでも、ストリートからずっと応援してきたファンが喜びそうな選曲があったり、
スタンド席や後ろの方にもたくさん気を使ってくれていました。
あの大きなスタジアムを小渕くん(小さい方)は、何周も全力疾走してましたしね。
一方黒ちゃん(大きい方)は、基本チャリで走ってましたが・・。(笑)
野外スタジアムという大きな会場でやることを彼らは「挑戦」と言っていましたが、
歌をあなたに届けたいという思いに、会場の大きさは関係ないのかもしれません。

SMAPや嵐というアイドルの野外競技場コンサートを経験しておりますから、
【ペンライト禁止】のコブクロライブに、ちょっとした違和感を覚えましたけれども。
二の腕を振り、スタジアムウェーブもし、
懐かしい曲に体を揺らし、楽しいライブになりました。


・・それにしても、ちょっと残念だったのは、
スタジアムライブを鑑賞する人々のマナー。
尋常でない数の客を集めたイベントですから、キケン回避するための「規制退場」は常識です。
嵐コンでもそうですが、場内放送がかかってからは、結構みなさんお約束を守って、
自分の番まで座って待っている人のほうが圧倒的に多いので、それが当たり前だと思っていました。

しかし昨日は、アンコールの演奏後(あるいは演奏中にも!)
まだコブクロがステージ上にいて、観客に向かって挨拶をしているというのに、
どんどん離席して、帰っていく客が、多いことにビックリしました。
コブクロが完全にステージから姿を消す頃には、すでにアリーナ席は半分くらいの席が空き、
大勢の人が出口に群がっていたのです。

【規制退場】の意味をご存知ないのかしら。
スタジアムライブに慣れていないせいでしょうか。。。

ワタシも、昨日は久しぶりの腰痛が出て、立っていることがしんどかったので、
スタンディングやジャンプで、表現することが侭なりませんでしたけれども、
コブクロをワタシなりに一生懸命盛り上げて、応援したつもりです。
いろんな事情がおありなのかもしれないけれど、
最後のご挨拶をしている間くらい、ちゃんと座って最後まで拍手を送ってあげて欲しかったなぁ。

ホールのコンサートだと、アンコール時に、拍手で迎えるというより
「ストリートのテーマ」というインディーズ時代の曲を、お客さんがみんなで口ずさむのが慣わしでした。
知らない方も多いだろうし、
(実際「ライブ、初めての人~?」の黒ちゃんの質問にたくさんの拍手が沸いてましたから)
演目の最後に、コブクロ自身が歌って、その盛り上がりのまま終わったので、ずっと拍手が鳴っていました。
けれど、古参のファンは、一生懸命、拍手にかき消されながらも、リフレインしていたみたいですね。
スタジアムのスタンドでは、それはぜんぜん聴こえてこなくて、少々寂しかったんですけれども。。。

マナーの良し悪しや、彼らへの愛や応援する気持ちの重みに、
古参だから、新参者だからということは、まったく関係ありません。
そんなことで区別する気も、偏見も持ちません。
ただ今後ワタシは、、スタジアムより、こじんまりしたホールで観たいなぁと、
個人的に思うだけのこと、です。

MCで小渕くん。
「4万5千のお客さんを集められるようになりましたが、
路上で20~30人相手に唄っていた時と同じように、
多くの人が元気になってくれるように。
変わらない気持ちのまま、これからも新曲を書き続けていきます!」
と言ってました。
彼らの歌を聴いてくれる人がいる限り、彼らの想いは果て無き旅を続けるのでしょうね。
またどこかで会えるといいなぁ。
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# by tomoyon.n | 2010-10-04 12:03 | 音楽

だいぶ伸びました

秋の長雨、
今日も朝からよく降っています。

写真は昨日。
ちょっと雨は小休止でしたので、
空の写真を撮ってみました。
ちょっと指が写っちゃった・・(^_^;)

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遠くに、スカイツリーが見えます。
だいぶ大きくなってきましたよ。
現在470メートルだそうです。
第二展望台のあたりを作っているのかな?

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少し拡大してみるとこんな感じ・・。

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今年5月は、まだ390メートルほどでした
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# by tomoyon.n | 2010-09-30 19:55 | つれづれ日記

チャリンコで

ビンビン走りたくなるような
爽やかな風が吹いてます。

今年はもう「秋」はこないんじゃないかって、大変心配しましたが、
ちゃんと来てくれましたね、秋。
こんなに待ち焦がれた秋も珍しいですが、
季節は巡って、冬になれば、「寒い寒い」と、
早く来い来い春よ来い、と思うのでしょう。
そんなんだから、時の経つのが早いはずです。

ところで、昨日、
会社へ行く駅までの道のり。
いつものように娘のチャリンコで突っ走っておりましたら、

事故っちゃいました・・。

飛び出してきたオジサンの自転車を避けようと
急ブレーキをかけたら、みごとにビシッと止まってくれて、
あまりにもビシッと急に止まったので、
後輪が宙に浮いて、
前のめりに、ドシャーん! ・・転倒。

相手の自転車には、これっぽっちも接触しなかったので、
ワタシの単独事故ですけれども。
みごとな転倒っぷりに驚いたお相手のオジサンも
さすがに見捨てることなく、止まってくれましたが。

骨が折れたりなど、重傷ではありません。
左腕で受身をしたので、手首に少々の掠り傷と、
肩を捻挫したようです。
少し時間が経ってから、徐々に痛くなってきました。
腕を上げたり、フライパンを振ったりすると、痛いです。

「四十肩」って、こんな感じかな(笑)。
しばらくおとなしくてしていれば、治ると思います。

お相手に怪我をさせてしまったり、車相手じゃなかったのが幸いでした。

ああいうときって、
自らが倒れていく様を
まるでスローモーションを見ているように
ゆっくり鮮明に意識することがありますね。

「あ、ぶつかりそう!ブレーキ!止まった!・・けど、あ~~倒れるぅ~~~ドタっ。」

(人のことは言えませんが)
どうぞ皆さまも
お気をつけてくださいませ。
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# by tomoyon.n | 2010-09-18 14:39 | つれづれ日記

ちいさい、ちいさい

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あいかわらず、真夏日記録更新中

夏空に力強い入道雲はもう見飽きたかな

それでも夕方、頬に感じた風は少し柔らかい気がして、
空を仰いだら、僅かにウロコ雲

ちいさい、ちいさい、
ほんとにちいさい秋、みっけ。
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# by tomoyon.n | 2010-09-03 18:37 | 携帯から